
「今回の数値はどうでしたか?」



「すごく良くなったよ。先生もびっくりしてた。」
糖尿病治療を始めてまだ3か月。血糖値は目に見えて改善し、検査結果はほぼ正常範囲へ。薬剤師として薬がきちんと効いていることはもちろん嬉しく感じます。でもその笑顔には“薬が効いた”だけでは説明できない手応えが混ざっているように見えました。



「何か、生活で変えたことはありますか? 食事とか運動とか……」



「実はね。」
カバンから紙の束を取り出しました。クリアファイルにまとめられた、1か月分の記録。食べたものの写真、摂取量のメモ、栄養についての評価、次に気をつけるポイント……まるで栄養指導の資料のように整っています。



「これ、全部自分で作ったんですか?」



「作ったというか……AIに作らせた。」
AIが食事の相談相手になっていた
患者さんがやっていたのは、驚くほどシンプルでした。
- 食事の写真を撮る
- 生成AIに送る
- 返ってきたアドバイスを、その日のメモとして残す
ただそれだけ。けれど返ってくる内容が具体的で、しかも続けやすい形になっていたのです。
たとえば、
- 「野菜が少なめなので、次は汁物に野菜を足すとバランスが良くなります」
- 「たんぱく質が足りないので、卵・豆腐・魚のどれかを一品追加すると安定します」
- 「塩分が多め。今日は“減塩の調整日”にして、加工食品を控えると帳尻が合います」
「ここはダメ」と断罪するのではなく、「次はこうすると現実的」という提案型。ここが大きいと感じました。食事管理って、知識があるだけでは続きません。疲れている日に考えるのは面倒だし、毎回「何を食べよう?」と判断するのも大変です。この患者さんは、その部分をAIに投げていました。
しかもそのやりとりを1日1ページに整えて印刷し、診察のたびに医師へ提出していました。数値の変化だけでなく、「何をどう変えたか」まで可視化できる。医師にとっても診療の参考になるでしょうし、本人にとっては、自分がやってきたことを振り返る記録にもなります。



「食事管理って、こんなに“仕組み化”できるんですね……」
すると患者さんは、照れたように笑います。



「もともと、こういうの作るの好きなんだよ。こっち系の仕事だし。」
続いた理由は「正しさ」ではなく「気楽さ」だった
話を聞いていて一番驚いたのは、患者さんがまったく無理をしていないことでした。
厳しい糖質制限をしているわけでも、毎日完璧な献立を組んでいるわけでもない。外食の日もあれば、コンビニの日もある。ただ、その都度AIに投げて「今日はこう調整しよう」と軌道修正していたのです。
さらに印象的だったのが、家庭内の摩擦を避けられていた点でした。
奥様は料理が得意なタイプではないそうで、献立を考えるのが負担になりやすい。そこで患者さんは、奥様に「こうしろ」と言う代わりに、AIに相談して“提案”として持ち込む形にしていました。
- 「今日の冷蔵庫の材料で、塩分控えめのメニュー案を出して」
- 「忙しいから、調理10分以内でできるやつ」
- 「揚げ物を食べたいけど、み合わせを工夫するとしたら?」
私だったら、食事に口を出されたら、けんかになりそうです(笑)。



「ここまで徹底してサポートしてくれるなら、それもアリなのかもしれない。」
AIを「第三者の提案」として使うと、角が立ちにくい。家族同士で直接言い合うより、角が立ちにくい。これは、医療者である私からすると、少し意外なメリットでした。
数値の改善から見えた「生活を続ける仕組み」
もちろん、今回の血糖値の改善がAIによるものだとは言えません。服薬はきちんと守れていましたし、通院も規則的でした。薬の効果も大きな要素です。
ただ、薬剤師として今回強く感じたのは、薬は「飲む」という行為で完了する一方、食事は「毎日、何度も判断が必要」だということです。
- 何を選ぶか
- どのくらい食べるか
- 外食のときはどうするか
- 予定外の食事をした後、どう調整するか
食事は毎日のことだからこそ、そのたびに判断しなければなりません。
この患者さんの場合、その判断をAIに相談することで少し楽にしていたのだと思います。
AIに「これはダメ」と言われるより、
「じゃあ次はこうしてみたら?」と言われるほうが、続けやすいんだろうなと思いました。
私はそこが印象に残りました。
薬物療法だけではなく、日々の生活をどう続けやすくするか。ここは、これからもっと使い方が出てきそうだなと思いました。
薬剤師が患者さんから学んだこと
薬剤師は、患者さんに薬の飲み方や生活習慣の注意点を伝える立場です。けれどこの日は逆でした。



「どうやってAIに聞いたんですか?」
「どんなふうに入力すると、ちゃんとした答えが返ってきます?」
「続けるコツってあります?」
気づけば私のほうが教わっていました。
もちろん、AIは薬の代わりにはなりません。検査や診断をすることも、治療方針を決めることもできません。もっと言えば、AIがもっともらしい間違いを返すことだってあります。だから、AIから返ってきた内容をそのまま治療判断に使うのではなく、医療者に確認しながら使うことが大切です。
それでも、生活習慣を変える「きっかけ」にはなる。
続けるための「相棒」にはなり得る。
患者さんが教えてくれたのは、最新技術そのものというよりも、「自分でなんとかしよう」と思ったときに、使えるものを使っているんですよね。
次に同じように悩む患者さんが来たら、私はこう伝えるかもしれません。



「完璧を目指さなくていいので、続く形を一緒に作りましょう。道具を使うのも立派な工夫です。」
生成AIは、医療を置き換えるものではない。でも、生活を変えようとする人の「続ける」を支える道具にはなれる。その可能性を、私は患者さんから教えてもらいました。
※この記事は、実際の服薬指導で得た経験をもとに、個人が特定されないよう内容を一部変更して構成しています。









